共同親権について議論が盛り上がってきている。
そこで、今考えていることをメモとして書き残しておきます。
国が、法制審議会などの審議会をつかって、国にとって有利な「基準」を出す、その賛否で市民団体が分裂する。
この国のやりかたは、水俣病などでずっと繰り返されている。
国の得意技です。
官僚に忖度する新聞幹部は、この分裂を観察・取材して、苦悩する市民を報道する。
しかし、新聞社は、その分裂の仕掛け人である官僚の実名報道はしない。
(日本の新聞社は、現役の官僚の実名報道をほとんどしない。伝統なのか、官僚取材をする上でのルールなのか。)
これらの舞台裏が明らかになるのは、ずっと後年になってから。
歴史学者などが、膨大な資料を基に分析して、こうなっていた、と明らかにされる。
そのときには、多くの市民団体が分裂したり、国の和解案にしかたなく応じて、疲弊している。
そして、国と戦い続けてきた一部の人達が、当事者の視点から記録を残す。
そうやって歴史がゆっくり動いていく。
注意して欲しいのは、官僚は分裂しない、市民が分裂させられている、という視点。
国の得意技に、はめられないようにしたい。